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2002/9/19 IN STORE!!
マイルス・デイビスに捧げる
渾身のトリビュート・アルバム
So What / Eddie Henderson
ソー・ホワット/エディ・ヘンダーソン
VRCL 6006 (CD) \3,045 (tax in)
VRGL 8806 (SACD) \ 3,360 (tax in)
高音質アナログ盤『X-Compound Press』
VRJL 7006 (LP) \ 3,360 (tax in)
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1. プリンス・オブ・ダークネス(Wayne
Shorter)
2. オン・グリーン・ドルフィン・ストリート(Ned Washington,
Bronislaw Kaper)
3. フットプリンツ(Wayne Shorter)
4. ウェル・ユー・ニードント(Thelonious Monk)
5. ソー・ホワット(Miles Davis)
6. オールド・フォークス(Willard Robinson)
7. いつか王子様が(Frank Churchill)
8. オール・ブルース(Miles Davis)
9. ラウンド・ミッドナイト(Cootie Williams,
Thelonious Monk) 
□ 2002年3月13日、14日 NY アヴァター・スタジオ録音
※Eighty-Eight's では再生フォーマットの特性を十分に活かすためにマスターテープを使い分けます。アナログ
LP (VRJL7006) は、オリジナル・アナログ・マスターテープからの直接カッティングによるマスタリングです。X-CompoundPress
ならではのサウンド・クォリティを存分にお楽しみいただけます。
同時発売のCD (VRCL 6006)とSACD (VRGL 8806) は従来の PCM 方式とは全く異なる発想と先進テクノロジーから生まれた次世代のデジタル・フォーマットである
DSD (ダイレクト・ストリーム・デジタル) 方式で録音されたマスターを使用します。
※LP
(X-Compound Press) の曲順を知りたい方はこちら |
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Personnel:
エディ・ヘンダーソン(trumpet and flugelhorn)
ボブ・バーグ(tenor saxophone)
デヴィッド・キコスキ(piano)
エド・ハワード(bass)
ヴィクター・ルイス(drums) on "On Green Dolphin
Street", "Footprints", "Well, You Needn't", "Old Folks" and
"Someday My Prince Will Come"
ビリー・ハート(drums) on "Prince of Darkness",
"So What"," All Blues" and "'Round Midnight" |
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| ジャズ界の帝王の熱い魂を引き継ぎ、発展させるのは俺だ! |
1991年9月29日、世界に衝撃が走った。"ジャズ界の帝王"ことマイルス・デイビスがその日、亡くなったのだ。
あれから11年。その間に様々なアーティストがマイルスに捧げる楽曲やトリビュート作品を発表してきたが、その真打ちというべき作品がいよいよ登場。どんなアーティストでも、マイルスの愛奏曲を演奏する時にはひとりの音楽家としての挑戦心がかきたてられると同時に、畏敬の念が入り交じった多大なプレッシャーに襲われると言う。マイルスと同じトランペット奏者のヘンダーソンがマイルスの愛奏曲、それも代表曲といわれるものばかりを集めたアルバムを発表するにはそれ相応の覚悟と自信が裏打ちされている。
エディ・ヘンダーソンはマイルスの演奏に接してジャズに開眼し、医学の道からジャズ・ミュージシャンへと転身した異色の経歴をもつアーティスト。その音色の美しさ、一音一音の説得力は他のトランペット奏者の追随を許さない。力強く、堂々としたトランペットの音はもとより、切ないまでのミュートの響きに心動かされない者はいないだろう。特に「ラウンド・ミッドナイト」は秀逸である。
もちろん、これは単なるトリビュート・アルバムではない。熟考に熟考を重ねたアレンジメント、独自の世界を展開する素晴らしいミュージシャン達の腕にかかれば聴き親しんだ名曲に新鮮な息吹が吹き込まれているのがお分かりだろう。「この作品は私の代表作になる」とエディ・ヘンダーソン自身も熱っぽく語っている。トリビュート作と軽視するなかれ!内容の濃さ、素晴らしさに今年一番の呼び声が高いアルバムである。
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エディ・ヘンダーソン(Eddie Henderson)
1940年10月26日 、ニューヨーク生まれ。母親はコットン・クラブのダンサー、父親はビル・ウィリアムスのコーラス隊。母親が以前ビリー・ホリデイやサラ・ヴォーンのルームメイトだったこともあり、一家はルイ・アームストロング、デューク・エリントン、カウント・ベイシー等と親しくしていた。9歳で音楽家を志し、トランペットを習い始める(この年に実父と死別)。14歳の時に家族とともにサンフランシスコに移り、サンフランシスコ・コンサヴァトリー・オブ・ミュージックに通うものの、継父が医博だったため医学の道に進み、サンフランシスコ大学、カリフォルニア大学、ワシントンのハワード大学等で精神病理学を修め、68年博士課程を修了、サンフランシスコの病院でインターン生活に入る。一方この間、54〜57年にかけてはサンフランシスコ交響楽団の主席トランペット奏者エドワード・ハウグに師事してクラシック奏法を学んだが、58年にマイルス・デイビスの演奏に接してジャズに開眼、以後医学の勉強と平行してジャズの研究にもいそしむ。サンフランシスコではジョン・ハンディ、ワシントンDCではタイロン・ワシントンらと演奏するようになり、インターン生活に入って以後は博士号を持つ異色のジャズメンとしてサンフランシスコのジャズ界で注目を集める存在となった。70年9月、同地を訪れたハービー・ハンコックに誘われて共演したのを機に同セクステットの正式メンバーとなり、グループが解散する73年まで在籍。この間自己のデビュー作を吹き込む。以後はアート・ブレイキー、マイク・ノック、ノーマン・コナーズらと共演。70年後期にはロック色の濃い自己のセプテットを率い、代表曲<Prance>は77年のポップ・チャートにもランク・インした。その後ニューヨークに居を移してからはケニー・バロン、ゲーリー・バーツ、ビリー・ハーパーらと共演し、94年頃からはストレイト・アヘッドな演奏スタイルに重きを置くようになっている。
「Realization」(Capricorn)
「Inside Out」(Capricorn)
「Sunburst」(Blue Note)
「Heritage」(Blue Note)
「Comin' Through」(Capitol)など |
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